「スローライフ」の反省

 …というより、私の中で、見失いつつあること。

 今までさんざん、スローライフっていいよね~的なことを
書いてきました。

 野菜を育てたり、ジャムやらパンやらヨーグルトやらパスタやら
バターやら漬け物やらを作ったり、コンポストトイレで排泄物から
肥料を作ったり、雨水を利用して畑の水やりをしたり、自分たちで
家づくりをしたり、(お友達が持っていたキラキラの)魔法の杖が
ほしいという長女ムユに、涙ぐましく和紙とリボンと折れた菜箸で
作ったり(昨日のこと)。

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↑収穫した野菜からすかさず人参をかすめ取りおやつに
する娘たち。

 その育てたり、作ったり、出来上がり待ったりする時間も、
その手応えも、達成感も、テマとヒマをかけて作ったものだけに
そのありがたみも、ととにかく盛り沢山。それぞれの出自も
全部わかって、自然とつながっている感覚もあって、ゴミも最小限で、
俺ってすげえ感もあって、ワラ・ワンダホー・スローライフ。

 でも、その時間があまりに充実しているし、それと同時に
あまりに物理的に時間を取られるので、外への関心がどんどん
減っているのも確か。人や新しいことにかかわることに対して
興味のわかず、どんどん閉じている自分。そのときはそのことに対して、
別になんとも思わない。だって、充実しているし、楽しいから。

 だけれども、一息置いて俯瞰してみると、ちょっとマズイ、と。

 あと最近連続して、友人が子ども連れでうちに数週間
滞在していたのですが、それで気がついたこと。

 彼らは1年に一回とか数年に一回とか、そんなに頻繁に会えない人たち。
それぞれ若くひとりもんだったときは同じような感性、感覚を
持っていたはず。でも子どもができると、あるいは時間が経つと、
それぞれの事情や状況が変わってくるのは当然。
でも、あまりに既成のお菓子をあげすぎていたり、安易に
おもちゃを買い与えていたり、ゴミも出し放題だったりすると、
旅の途中ということをさっ引いても、ちょっと批判的な目で
見てしまう。ごはんのおかずも、できるだけ家で採れるものを
食べようと努力している身からすると、外から、たとえば
キノコとかお肉とか 買ってもってこられても、微妙な気持ちに
なってしまう。

 さらに言えば、「スロー」であることが、免罪符というか、
ちょっと違うのだけれど、「どうだ、これがスローだ、だから
文句言うんじゃなーい!」みたいな気持ちになることがあります。
たとえば、曇り空が続いて、ソーラーシャワーのお湯がない。
子どもがいて、慣れない旅先で、お風呂にお湯がないというのは
かなり痛い。子どもが喜ぶようなご飯もあまりないし、
採れるものを食べるようにしてるから同じようなものばかりだし、
うちには堆肥もあるし、コンポストトイレを使っているからハエも多い。
水のリサイクルの一環での残り湯利用とか(特に西洋人に不評)、
単にスーパーだけじゃなくて、パスタの袋を使い回したりすることなどの、
おそらく不快であろうことを、ちゃんとわかった上で、
でも、しょがないじゃん、これが私たちのライフスタイルなんだからさ、
ってな感じにふんぞり返っている自分がいる。口に出さなくとも、
きっと思いっきりそんなオーラを出しているに違いありません。
ボランティアさんだったら、それを含めて全部経験だと思っていますが、
でもお客さんだったら?

 こんなふうに人に不便さや面倒くささ、貧乏くささ、若干の汚さを
他人に押し付けている自分を発見しました。
私は、「スローライフ」を正しいものととらえています。
今の時代、どんな仕事をしていても、どこにいても、スローに
生きていかないと、自分も人間も地球も立ち行かないと思っています。
みなさんは過去にこの場所に来たことがあり、もちろん、
私たちが目指しているところをわかっている。
そういう説明もしています。でも、だからと言って、
強引にこうやって強要していると(そのつもりはなくても)、
やっぱり独りよがりになっていく自分を認めないわけには
いきません。

 不便とされていることなどを見直す意味もある「スローライフ」。
今やっていること、目指している方向は間違っているとは思っていません。
それそのものに疑問があるのではなくて、自分のあり方、他者との
バランスや距離、他の人へのリスペクト。
そういうものも全部一緒にちゃんと見ていかないと、
単に迷惑な人になってしまう。無人島に住んでいるわけじゃないんだから。
それは子どもたちとの関係もそう。自然で、ナチュラルで、健全で
お金をかけない。でもその都度、時と場も考えつつ、ベストな方法を
考えていかないといけないんだなーと思いました。

 ってなことを最近強烈に感じるときがたくさんありました。
究極のベストっていうのは、きっとなくて、こうやって
楽しんだり、うぬぼれたり、迷ったり、行き詰まったり、
そしてこうやって立ち止まってちょびっと反省しながら
少しずつ私の人生が形作られていくんだな、きっと。

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