サチャがサチャであるために。

 次女サチャは、どんどん大きくなっていっています。

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 サチャが1カ月になる前に、出生届けを出しに行きました。

 しかしなんと!戸籍係で、サチャという名前が
受け入れられなかったのです。戸籍係のオバサンは、
そこの「主」のようで、彼女が知っている名前以外は
受け付けないという、むちゃくちゃな人なのです。

 キチュア語の名前は受け入れられにくいことは知っていたので、
先手をうって、先住民族の団体UNORCACに、両親には自由に
命名する憲法で保証された権利があり、サチャはキチュア語で
森という意味なので、出生届を受け入れてほしいという旨の
文書を書いてもらっておきました。

 その文書の中で、「森」という単語を、スペイン語で「Bosque」と
訳したところ、Bosqueは男性名詞だから、女の子には
つけられないという。キチュア語の名詞には男性名詞も
女性名詞もクソもないといったのですが、ダメの一点張り。

 そして再度、先住民族の組織に、お願いして、キチュア語には
性別はないと一文を付け加えてもらったんだけど、それでもダメ。

 このことで、UNORCACの事務所と戸籍係を何往復したことか。

 パートナーのエクトルも、キチュア語は自分の母語であり、
「森」が自分の娘にふさわしい名前かどうかは自分が一番
よくわかっている、だからあなたにそんなのこと言われる筋合いは
ないときっぱり言ったのですが、それでもダメ。

 なおかつ理解しがたいのは、ケビンとか、クリストファーとか、
流行り(&おそらく戸籍係のおばさんの好み)である
英語名をつけるのにはまったく問題なし。それなのに、キチュア語で
なぜ問題が生じるのか?と、そのことも指摘したのですが、
やっぱりダメ。「あなたは外国人だから、この国の法律を
知らないでしょ」と言われました。むむむ。

 サチャ以外の名前なんて考えていないし、自分たちが理由に
納得していないのに、変えるなんていやだ。もう私たちのサチャは
サチャであって、サチャ以外の何者でもないのです。

 最終的に、「Bosque」ではなく、「Selva」という、森は森でも、
女性名詞にして(あほくさ!)、さらに地元の権力者(知事さんの弟)に
口添えしてもらったらば、オバサンのお許しがおりましたが、
ど~も釈然としません。ちゃんと権利を認めてもらって、
受け入れてもらいたかったけれど、生まれてまだ1カ月の
赤ちゃんも一緒だったし、日本大使館にも出生届けを出さないと
いけないので、これ以上時間をかけることはできませんでした。

 そうそう、ムユ(キチュア語の種という意味)のときも戦いでしたが、
今回も負けず劣らず…。

 とにかく、私たちの二人の娘に、自分たちが責任を持って、
誇りを持って、こんな名前をつけたよ、と言えるような名前を
つけることができてよかったです。ほっと一安心。

 しかし、エクトルのお兄さんには、母語がキチュア語であるにも
関わらず、「サチャってどういう意味?」と聞かれました。
「『森』だけれど」と答えたら、「どうして森ってつけたの?」と。
ナマケモノ倶楽部スローウォーターカフェウィンドファームという
森と密接にかかわっている団体で働いているので、『森』の
素晴らしさ、美しさ、大切さなんていうものは、言わずもがなゆえ、
ちょっと面食らいましたが、それすなわち、森の大切さが
まだ認識されていないことなのかもと思いました。
もっともっと声高につたえていくべきなんだなと。
『種』もしかり。

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↑私たちの宝物「森」と「種」。


 

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この記事へのコメント

もめん
2010年09月15日 13:28
あやさんの奮闘記を読むと…うん、生き(活き)てるな~!って感じますね~。

産まれて来た目的をしっかり感じてるよね。

ホント…に縁があってエクアドルに行かれたんだな~って思います。

産まれて来る子供たちには…これからもいろんな事有るだろけど、全ての物事に自由があるって思って欲しいし…夢を持って、感じて、欲しいです。

そして、自分達でも、暮らしやすい決まり事を作る大切さを身に付けて欲しいです。

自然と調和しながら、文化や民族の性質も…無くしてはいけないものを感じながら、生きて行きたいですね。

一度、失ってしまったものを元には戻す事が出来なかったり…凄く大変だからね。

お互いに、森を守って行きましょうね~!。

では…では。
ワダアヤ
2010年09月16日 12:05
もめんさん
 いつもいつもコメントありがとうございます!
 森というのは、そこにあるだけで、人間にはおよびもつかない、完璧な循環がそこにあります。大きくなったら、そのすごさ、美しさ、大切さ、ぬくもりなどなどを感じてほしいなと思います。そのためにも、少し大きくなったらいっぱい森を一緒にお散歩したいと思っています。
yukomama
2010年09月28日 12:44
日本ではこの名前は一般的であるっていってさっちゃんを歌って聴かせたらどうなっていたかな?笑い。とにかく、主張し抵抗し勝利したことに乾杯!
日本人もそうだけど、今あるものの価値は気づかない。飯能の活動家が言っていましたが、自然保護の運動は大変なんだそう。なぜなら自然があるうちはその価値に気づく人が少ないからだとのこと。想像力の不足。
ワダアヤ
2010年09月30日 22:11
yukomamaさん
 さっちゃんの歌は、サチャによく歌ってます。ムユにも「さっちゃん」を「むーちゃん」にかえてますが。
 主張し、抵抗するというのは、しかしエネルギーがいります。勝利したのかも、いまいち微妙ですし。エクアドルでは、主張し、抵抗しなければならないことがいっぱいあります。それは私が日本人で別の価値観や社会的背景を持っているということに起因することもありますが、森を守って行くことは、特にその主張と抵抗を必要とします。私はその森を守るフロントにいるというよりも、そういう活動をしている人たちを支える方にいますが、森を守るために、主張し、抵抗し続けている人たちには頭が下がります。

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