今だからこそ

 震災から2週間。

 被災者の方々は、想像を絶する絶望とまだ先の見えない不安とを
抱えていらっしゃるかことと思います。どうかみなさんに
一日も早く安定した日常が戻るようにと祈ることしかできません。

 ここ、エクアドルから今すぐできることはほとんどなく
ただニュースを見ては、忸怩たるものを感じるだけ。
 
 でもインタグのコーヒー生産者のみなさんが、「もし避難する場所が
必要なら、インタグに来てください」というメッセージを送って
くださいました。

 コーヒー生産者の方々の生活は、誤解を恐れずに言えば、
ひょっとしたら避難所の生活よりも、もっと不便かもしれません。
電気もない、インターネットもない、電話もない。トイレも
ぼっとん、あるいはない。衛生面でも日本と比較したらキャンプ場よりも
ひどいかもしれない。でも、そこには「暮らし」がある。
毎日、そこにあるものだけで暮らしていくつつましい地道な生活がある。
日本人に比べたらお金も全然ないけれど、それでもできることが
あるならば、と避難所として自分たちの家を提供してくださっています。

 ただ、現実問題として、エクアドルに避難するということが
可能なのかというと、やはり無理だろうとは思います。国内でさえ、
自分の生活してきた地から離れるのは、本当につらいことだと思うのに、
エクアドルのような地球の反対に行くことは、もし自分の立場だったら
考えられないと思います。それに、渡航費も高い。
その他、現地での会話、文化的背景も違います。

 ただでさえ、精神的に苦しい状況にある被災者の方々にとっては
重荷を増やしてしまうだけかもしれないとも思ってしまいます。
ただ、インタグや他のエクアドルの人々も言ってくれているように、
せめて、こういうオプションもあるよ、エクアドルからも
応援しているよ、というメッセージだけでも届けばと思っています。

 それにしても、どうしてどうしてこんなことになって
しまったんだろう。

 私には、親しい友人や家族は、被災地にはいませんが、
東京在住の妊婦さんや、小さいお子さんがいる友人たちは、
都内から南西に避難しています。地震や原発事故の被災地、または
東京から避難した妊婦さん、小さいお子さんたちその
親御さんたちは、「自分ちにいることができない」というだけで
ものすごく大きなストレスを抱えています。特にお子さんたちは
何が起こっているかわからない、でも何かおかしいという不安に
加え、自分なりの秩序がめちゃくちゃになって、不安定になって
しまっているのではないかと思います。

 そういう不安を抱えていらっしゃるみなさんのことを
考えるだけで、怒りや不安が爆発しそうです。
 
 地震による震災と、地震によって起こった原発事故は別のことと
して考えないといけないと思います。

 日本の原発は全部で55基。日本の電力の35%を担っているそうです。
(そのうちの35基は、海岸から1マイル以内にあり、津波に弱い
原発だそうです。)
 
 でもこれって本当に必要なの?と考えたとき、たとえば
自動販売機は日本に500万台以上あって、全部合わせると、
その消費電力は、原発一基分に相当するそうです。

 日本に行ったエクアドル人が驚くのは、非常に清潔であり、
人々が礼儀正しいという他に、不必要に多い電動のもの。
自動販売機の他、自動ドア、エスカレーター、自動水道、
ウォッシュレット(エクアドル人はテクノトイレットと呼んでました)、
空調システム、自動改札など。

 ドアぐらい自分であければいい。
 水の蛇口ぐらい自分であければいい。
 おしりくらい自分でふけばいい。
 改札で駅員さんにきっぷを見てもらうようにすれば、雇用が増えるかも。

 日本人は、小さな不便を見つけて、それを便利にすることが
とても得意な民族だと思います。その細やかさは美徳ですし、
おかげで便利を享受している面もありますが、
度を超すと、本来人間にそなわっている身体性を損なったり、
必要でないものまで必要と思ったり、利便性のみを追求することに
よって近視眼的になったり、それによって害が
短いスパンと長いスパンで生じることになってしまうと思うのです。

 ちょっと不便でも、時間がかかっても、地に足のついた生活。
それぞれが、生活の中で、自身の細やかさを活かすような生活。
工業製品のようにきっちりしていないけれど、手作りを
することによって感じられる温かさと確かな手応え。
インタグの人のように、そこにある「暮らし」を暮らすこと。

 被災地にいない私がここからできるのは、あえて言うならば、
シンプルに、生きていこうというメッセージを発信することです。

 何何がないとかじゃなくて、

 ただ、毎日のいろんなことを、

 買うことから作ることに、

 捨てることから、再度生かして循環させることに、

 ないものを探すよりも、あるものと向き合うことに、

 「ない」ことを嘆くよりも、「ない」から生まれる知恵や感謝の気持ちを持てるように、

 そんなふうにシフトしていけば、それをみんなが少しずつ
やっていけば確かに何かがかわるような気がします。

 私たちのように田舎に住んでいても、あるいは都会でも
それぞれできることはあるはずです。

 また、電気なくして、私たちの生活は成り立たないのは都会でも
田舎でも、エコを声高に叫んでいる人でも、それは同じです。
 
 今すぐにどうにかなるものでもないけれど、それぞれが
できることをすることで、
せめて、原発に頼らないで済むような社会作りを。
せめて、未来世代が、今の世代のせいで危険にさらされないような
エネルギー作りを、社会作りを。

 早くみなさんに穏やかな日々が戻りますように。

画像

photo by Hisao-san

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