頼まれる。

 キチュア民族の村の中での生活の基本は助け合い。
お互いが、お互いを、助け合い、迷惑掛けあって生きています。

 しかし、その中でどうしても私がなじめない風習があります。

 それは、かなりでかい頼みごとがあるとき、それに代わる
プレゼント持参で、現れるのです。

 2006年に、私はある女の子の代母(後見人みたいなもの)に
なってくださいとお願いされました。でもカソリック教徒ではないし、
その女の子のことも、私は知らない。

 でも、鶏二羽、クイ5匹、フルーツの山、パンの山を持参されて、
しかもそれが彼らにとっても、大きな散財であったと思うと、もうNOとは言えない。
でもそれは、何かをして、ありがとう、とお礼を用意してくれるのとは違う。
「これ、受け取ったんだったら、やってよね」という意図が感じられて、
とても嫌な気持ちになる。ほとんどだまし打ちに思えてしまう。
しかも頼みごとを話して、返事をする前に、おみやげを差し出すのです。
タダで頼むのは悪いと思っているとしても、私にはビミョーです。
たぶん文化の違いから来ているのだとわかっていても、この気持ちは
ずっと引きずります。

 しかも極めつけに言われるセリフが、私のいや~な琴線に触れるのです。
"No sea malita"
「悪い人にならないで」、つまり「断ったらあなた嫌な人よ」、というようなこと言われる。
でもものすごく頻繁に言われるので、意味は無視して、すごい意訳で、
「申し訳ないけれど」という感じの枕詞的にとっています。

 というわけで、今回も、卵持参で、頼みごとをする人が。
別にいいんだけど、私が彼らの頼みごとをして、それで
とてもうまくいって、お礼に、と自分ちの鶏が産んだ卵をくださるのなら、
とても嬉しく思うと思うのに。

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