コミュニティープロジェクト⑦ ~当たり前のこと~

 コミュニティーにかかわるということは、人間に
ついて考えさせらるということだなぁと最近、とみに思います。

 どこにいても、何をしていても、人と関わることなしには、
何もできないという当たり前のことを実感します。

画像

↑意味ないけど、エル・バタン風景。うちはこの
道をずっとあがっていったところにあります。

 さらに当たり前なことを、最近気が付きました。

 仕事でも、コミュニティーで何かしようとするときでも、
あるいは単なる近所づきあいでも、友達の間でも、
私がやりがちなのが、「いい人」「悪い(=いやな)人」と、
一個人をどちらかにふりわけてしまうこと。

 当然のことながら、自分でも自分の「好きなところ」
「嫌いなところ」があるように、他の人もそれぞれ「いいところ」
「いやなところ」があるわけで。しかもそれも「自分にとって」
という冠がつきます。さらに状況、印象で、それも変わる。
自分にとっていいところと思っているところが、実は他の人にとって
いやなところだったり。しかも同じようなことでも、状況によって、
よかったり、悪かったり。

 時には、自分の権益を守るためにすごくがっつくなったり、
攻撃的な人間になることもあれば、思いがけぬほど
寛容になったり、やさしい人になったり。

 批判されたり、いやなことをされたりすると
「いい人だと思っていたら」と裏切られた思いになる。
いやな奴だと思っていた人に、やさしくされると
「意外といい奴じゃん」と見直したりする。
長い付き合いがある場合、そういうどんでん返しがあると、
知っていたつもりなのに、と、ぎょっとしたり、どきっとしたり。

 みんな「いいところ」も「いやなところ」もあるし、
「いい人」な日もあれば「いやな人」の日もある。
自分も含めて。

 そういうことを、つくづく思って、自分の価値観は絶対じゃない、
自分の他人への態度を戒めなければと思ったり、
人から優しくされるって実はその人がもんのすごーく私に対して
気遣いしてくれたり、想ってくれたりした結果のことなんだなと思ったり、
人から嫌なことをされるって、自分が嫌なことをしたからなのかもと思ったり、
人間って怖いなって思ったり、面白いなって思ったり。

 本当に世の中、いろんな人がいる。

 それじゃ、いきなり何かがうまくいくわけなんてないよね。
だから、ゆっくりゆったり、気を張りすぎずに、誰を
責めることもなく、批判することもなく、ネガティブに
なりすぎることもなく、みんなの意見を聞きつつ、ちょっとずつ
やるしかないよね。一歩、一歩。Poco a poco。

 …と、34歳にもなって、改めてこんな当たり前のことを、
今日つくづく考えました。 
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック