Este Maldito Pais

 2008年3月のこと。映像作家をやっているという友人の
いとこから連絡がありました。

 「君たちのことを撮影したいのだけれども。」

 事前に、その友人から自分のいとこがエクアドル人と
外国人のカップルを探しているとは聞いていましたが、
実際本当に頼まれるとビビります。

 そもそもテーマも何もわからないけれど、エクアドル
という国にフォーカスを当てているという。それだったら
私はあまり関係がないなと、パートナーのエクトルに
任せて私は普段の仕事を。

 そうしたところ、私も呼ばれ、なぜエクアドルにきたかとか、
どうしてここで農業をやっているのかとか、子どもをどんなふうに
育てているのかなど、こまごましたこと訊かれました。
訊かれるままに、答え、いろいろ話しているうちに、
私たちの農園を訪れたスタッフ4人は、自分たちも
国際結婚をしていたり、自分が移民の子供だったりして、
同じような苦労とか、気遣いとか、工夫とか、利点とか、
ポリシーだとかを持っていることを知り、世間話に花が
咲くように、カメラが回っていることを忘れ、ベラベラ
おしゃべりをして、あっという間に訪問時間は終わりました。

 取材の後、「で、どんな人を撮っているの?」と
聞くと、「エクアドルのいろんなミュージシャン」という。
えええ?ミュージシャン?私たち?音楽のおの字もなかった
取材だったのに?

 「エクアドル」、「ミュージシャン」、「エクアドル人と外国人のカップル」。
いったいどんな映像を求めているのかよくわからないまま別れ、
そしてそのあと何の連絡もないまま、1年以上の月日が
経ちました。

 そんなことがあったことすら、すっかり忘れていた先週、
ドキュメンタリーができたので、ぜひ試写会にというお誘いが!
ドキドキして、首都のキトに行ったら、ドキュメンタリー映画祭が
やっていました。
Encuentro del Otro Cine
 
画像

↑映画の紹介記事。「アイデンティティーに向かい合うための二つの方法」

 このドキュメンタリーは、出展作品のひとつでした。
タイトルは「Este Maldito Pais」
(日本語にすると「このしょうもない国」かな?)

 映画は、「エクアドルに住んでいる私たち。でも
その『私たち』とはいったい誰を指しているんだろう。」
というような意味合いのイントロダクションから始まりました。

 そして映画のかなり最初の方、うわっ、出た。
私たちです。昨年の3月の撮影ですから、農園自体も
まだまだ何にもない状態。そこで私たちがしゃべっているのは、
娘のムユへ私たちが日本語とキチュア語で話している意味、
そして、ムユというキチュア語の名前と桜子という日本語の
名前の意味とそれらをつけた意味。それらがフォーカスされており、
農園だの、エコだの、そんなものはぜーんぶカットされていました。
それにしても、自分のスペイン語ヘタっぷりと、デブさに愕然。
ショック~。

 軽いショックに浸りながら、さらに観ていると、山岳地方、
およびアマゾン地方先住民族、メスティソ、黒人、そして外国
(フランス、スペイン)に住んでいるエクアドル人、エクアドルと
その他の国(レバノン)の血を引くエクアドル人、若い人、お年寄りの人、
先生、農民、漁民、ジャーナリスト、舞踏家、ピアニスト、
ダンサー、俳優、様々な人たちが出てきます。

 エクアドルのアイデンティティーとは何か。
 エクアドル人とは、どんな人を指すのか。

 観ているうちにテーマが「エクアドル」と言っていた意味が
わかってきました。

 そのバックには、クンビア(音楽の一種。エクアドルに
住んでいるとこの音楽はどこでも耳にする国民的音楽。
老若男女に人気な演歌のような存在。)、ラップ、
マリンバ(木琴)、アンデスのフォークロア、ロック、
クラシックなど音楽が奏者の映像とともに流れてきます。
「ああ、エクアドルのミュージシャンを追っているというのは
これか」と納得。懐かしいPapa Ronconの顔も見れました。

 映画、あるいはドキュメンタリーとしての良し悪しというのは
私には分からないけれども、Country of Contrastと
言われているエクアドルの一面はしっかりと撮れていたと
思います。

 YouTubeでも出てました。一秒くらいですが。
TRAILER Este Maldito Pais

 最初、「このしょうもない国」に出ている私たちはどれくらい
しょうもないんだろう…と思ったりしてしまいましたが、
私も「エクアドルの一部」として撮られていたことがものすごく
不思議に感じられました。エクアドルに住んでいるとたいてい
どこでも中国人と呼ばれ、自分がエクアドル人ではないことを痛感し、
でもエクアドルで日本人と一緒にいると、エクアドル人サイドに
立ってしまう自分。

 ナニモノでもない自分。

 そう思っていたけれど、エクアドル人じゃなくても、
エクアドルを構成する人間だということが、こそばゆく
感じられました。

 それにしても子どもが生まれてから行っていなかった
映画館!それだけで、気持ちがリフレッシュしました。


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